DHA(ドコサヘキサエン酸)は不飽和脂肪酸のひとつで体内で合成することができない必須脂肪酸です。αーリノレイン酸、EPA(エイコサペンタエン酸)とともにω-3系脂肪酸に分類される化合物です。

DHAは青魚の脂肪に多く含まれてますが、これは魚の餌である植物性プランクトン等の海産の微生物によって生産されたものが海中の食物連鎖の過程で、微生物のα-リノレン酸が、魚の体内でEPAやDHAに変換されて濃縮されるためです。いわし油には10%、マグロの目の脂肪には30%のDHAが含まれています。

人と違い、多くの動物は体内でα-リノレン酸を原料としてEPA(エイコサペンタエン酸)やDHAを生合成することができますが、α-リノレン酸からEPAやDHAに変換される割合は10-15%程度とされています1)。ヒトでは、DHAは食品から摂取する以外に、2つの経路によって生合成(代謝生産)されます2)

  1. 岡田斉、萩谷久美子、石原俊一ほか「Omega-3多価不飽和脂肪酸の摂取とうつを中心とした精神的健康との関連性について探索的検討-最近の研究動向のレビューを中心に」『人間科学研究』(30),2008,pp87-96.
  2. R. De Caterina1, and G. Basta, “n-3 Fatty acids and the inflammatory response — biological background”, European Heart Journal Supplements (2001), 3 (Supplement D), D42–D49.

DHA(ドコサヘキサエン酸)の消化・吸収と代謝

ω3脂肪酸はω6脂肪酸と同様に必須脂肪酸で これらは体内で合成できないため、食事から摂る必要があり、摂取されたω3脂肪酸はα-リノレン酸 → EPA(エイコサペンタエン酸) → DHA(ドコサヘキサエン酸)と代謝されます。

魚油に含まれるDHAは、グリセロールあるいはリン脂質として存在しますが、経口で摂取すると小腸内の消化酵素である膵リパーゼによってフリーの脂肪酸またはモノグリセリドに分解され、小腸から吸収されます。吸収されたDHAは再度エステル化を受けて、主に門脈から全身を巡り、体の各組織に摂りこまれ、そして各組織から分泌されたDHAは血流にのって脳に到達し、リン脂質として、シナプス、ミトコンドリア、および細胞膜に摂りこまれます。1-3)

<DHAの脳の代謝>

DHAは脳の代謝について14名の健常成人で行った臨床試験で、PETおよび11C-DHAの静脈内投与を行い、DHAの脳部位に依存した摂りこみ速度を定量した結果、DHAの取り込み速度は3.8±1.7mg/dayと算出され、この値はDHAの脳全体の消費速度と同等でした。DHAの半減期は2.5年と考えられています4)。

DHAは、リン脂質の中でもホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリンに多く、ホスファチジルコリンやホスファチジルイノシトールに少ないとされています。

DHAをラットに経口投与すると、22h後には肝臓や脳のリン脂質に取り込まれ5)、また精製したDHA(90%)をラットの大たい(腿)静脈に注射したところ、肝臓ではホスファチジルエタノールアミン(PE)に迅速に、ホスファチジルコリン(PC)にはゆっくりと取り込まれることが報告されています6)

人間の脳にある脂肪の4〜5%がDHAと言われており、記憶や学習機能に重要な役割を果たす海馬には、他の部位の2倍以上のDHAが存在するとされています。このように、脳や網膜をはじめとする神経系にたくさん含まれている栄養素であることが、DHAの摂取が学習や記憶に関与すると言われる所以です。

  1.  Freund LY, Vedin I, Journal of Internal Medicine, 275(4): 428-436 (2014)
  2. Bazan NG, Alzheimer’s, and other neurodegenerative diseases, Annual Review of Nutrition, 31:321-351 (2011)
  3. 橋本道男、ω3 系脂肪酸と認知機能、日本臨牀、72(4): 648-656 (2014)
  4. Umhau JC,J Lipid Res,2009,Jul;50(7);1259-68
  5. A.J. Sinclair, Lipids, 10, 175 (1975)
  6. R. Babcock, B. Medwadowski, P. Miljanich, J.Tinoco, Proc. Soc. Exp. Biol. Med., 152, 298(1976)

DHA(ドコサヘキサエン酸)と認知機能に関する研究

DHAと脳に関する研究は、脳の発育や機能維持1-2)、正常な加齢における認知機能、認知症の発症や治療、脳の発達と機能等において様々な研究報告があります。

  • 神経細胞へのアミロイドβタンパク質の凝集を抑制する3-5)
  • 記憶の形成に重要な役割を果たしている脳の海馬において、神経細胞の新生を促進する6)
  • シナプスの膜の流動性を高め、神経伝達物質であるNMDAの受容体を活性化し、長期増強を誘導する7,8)
  • 脳血流量を増加させ、脳への酸素供給を促進し、脳機能を活性化させる9)

記憶は、神経細胞がシナプスを介してネットワークが構築されることにより形成され、その維持には、海馬のシナプスにおいて神経伝達物質の量が増加し、その受容体が活性化され、長期増強が誘導されることが重要とされています。DHA は、シナプスの膜に高濃度で存在し膜の流動性を高め、NMDA の受容体を活性化させることで記憶の維持に寄与するとされています。
一方、加齢に伴う認知機能(記憶を含む)の低下の要因の一つに、神経細胞へのアミロイドβタンパク質の凝集による神経細胞の損傷が知られていますが、DHA は、その凝集を抑制することで認知機能の維持に貢献することが期待されています。

  1. Hoffman DR1. J Pediatr. 2003 Jun;142(6):669-77.
  2. Innis SM1, J Pediatr. 2001 Oct;139(4):532-8.
  3. Lim GP, The Journal of Neuroscience,25(12): 3032-3040 (2005)
  4. Hashimoto M,Journal of Neurochemistry, 107:1634-1646 (2008)
  5. Grimm MOW, The Journal of Biological Chemistry, 286(16): 14028-14039(2011)
  6. Kawakita E,Neuroscience, 139: 991-997 (2006)
  7. Hashimoto M, Clinical and Experimental Pharmacology and Physiology, 33(10): 934-939 (2006)
  8. Nishikawa M, Journal of Physiology, 475(1): 83-93 (1994)
  9. Jackson PA, Biological Psychology, 89: 183-190 (2012)

 

NMDA受容体とDHA

NMDAは正式にはN-メチル-D-アスパラギン酸と言い、グルタミン酸受容体の一種。記憶や学習、また脳虚血後の神経細胞死などに深く関わる受容体であると考えられています。
記憶の信号を伝えるために分泌される化学物質は、グルタミン酸のほかにアセチルコリンが知られています。

グルタミン酸がNMDA受容体と結合してニューロン(情報伝達と情報処理を行う神経細胞)内にカルシウムを導き記憶形成につながるとされていますが、DHAは、NMDA受容体の応答力を促進するので、記憶形成の効率が良いと言われています。

このNMDA型グルタミン酸受容体を阻害するアルツハイマー型認知症の治療薬としてメマンチン(商品名:メマリー)が知られています。

 

 

長期増強とは

神経科学の分野において、長期増強(ちょうきぞうきょう、英: LTP : Long-term potentiation)とは、神経細胞を同時刺激することにより 2 つの神経細胞間の信号伝達が持続的に向上する現象のことである。神経細胞はシナプスを介して信号伝達しており、記憶はこのシナプスに貯えられていると信じられているので、長期増強は学習と記憶の根底にある主要な細胞学的メカニズムの1つであると広く考えられている。(wikipediaより、右図は信州大学加齢遺伝学より引用)

Cooke SF, Bliss TV (2006). “Plasticity in the human central nervous system”. Brain 129 (Pt 7): 1659-73.
Boron, Walter F.. Medical Physiology: A Cellular And Molecular Approaoch. Elsevier/Saunders. ISBN 1-4160-2328-3.

 

DHA(ドコサヘキサエン酸)の解説動画

認知症の早期発見、予防治療研究会主催セミナー<田平武先生(順天堂大学大学院客員教授)>

DHAの認知症予防に対する効果(ヒト試験)

㈱マルハニチロホールディングス(本社:東京都江東区、社長:久代敏男)は、島根大学医学部、島根県立大学短期大学部出雲キャンパス、社会医療法人仁寿会加藤病院と共同で、2008年11月から2年間、食品を利用したDHAの認知機能など、健康・長寿に及ぼす影響を調査する臨床試験を実施しました。試験食には、食品としての食べやすさや馴染みの深さなどを考慮して、フィッシュソーセージを用いました。
研究の結果、高齢者の認知症予防に関する有益な知見が得られました。食品を利用したDHA摂取に関する被験者100名規模での臨床試験は、我が国では初の試みであり、健常在宅高齢者での効果が検証できたのは初めてとなります。 (㈱マルハニチロホールディングスプレスリリースより)

(1)試験者
●島根大学医学部、島根県立大学短期大学部出雲キャンパス、社会医療法人
仁 寿会加藤病院、
●マルハニチロホールディングス

(2)試験参加者
●島根県川本町在住の認知症と診断されない平均年齢73歳の高齢者111名

(3)試験期間
●2008年11月~2010年12月

(4)試験概要
被験者を2つのグループに分け、DHAを規定量(1本当りDHA 850 mg)含有させたフィッシュソーセージ((株)マルハニチロ食品製)と、オリーブ油を添加したフィッシュソーセージ(プラセボ)をそれぞれ1日2本ずつ、1年間摂取してもらいました。半年に一度、認知機能や記憶力に関するテストを行い、認知機能に及ぼすDHAの効果を比較しました。
試験2年目は、全ての被験者にDHA入りフィッシュソーセージを摂取してもらい、同じく認知機能や記憶力に関するテストを行いました。認知機能や記憶力のテストは、質問形式のミニメンタルステートテスト(MMSE)や、 6課題からなる前頭葉機能検査(FAB)を行いました。

(5)試験結果
1年目の試験では、DHA入りフィッシュソーセージの摂取により、6ヶ月目においてFAB反応選択課題のスコアが有意に改善し、1年目にはMMSE図形模写課題のスコア変化値で有意な改善が認められました(図1)。
2年目の試験においても、DHA摂取による認知機能改善の効果は持続され、MMSE計算課題、MMSE遅延再生課題およびMMSE総合点の変化値が改善傾向となりました(図2)

 

DHAの安全性について

体内のDHAの量は、恒常性維持機能が働くので一定以上は増えません。適量(一日1g~1.5g程度)とされていますが、FDA(Food and Drug Administration)米国食品医薬品局は、一日あたりのDHA摂取量が3~4gまでならば安全だと保証しています。

クルクミンとの相乗効果<神経保護作用>

2008年にオクラホマ州保健科学総合研究センター・医学部の研究でオメガ3系のドコサヘキサエン酸(DHA)とクルクミンの組合せによるすい臓がんモデルマウスの生体実験で、腫瘍体積が72%減少したという内容の研究報告が行われています。

また、2012年にカルフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者グループによって脊髄を損傷したラットの歩行能力テストを通じて行われた実験での成果が以下のように報告されています。

DHA+クルクミンによる脊髄損傷の修復促進作用を示した基礎研究(J Neurosurg Spine. 2012 Jun 26)

頚椎症性脊髄症モデル動物27匹を対象に、「DHA-クルクミン含有食」「通常食」のいずれかを投与し、6週後に脊髄損傷の分子レベルでの評価、歩行等の臨床指標の評価を行った。

歩行解析では、DHA-クルクミン含有食群に比べて、通常食投与群では有意な悪化が認められた。また、神経成長因子(BDNF)は、DHA-クルクミン含有食では、正常(未処置)な動物と比較して同じであったが、頸椎症性脊髄症モデルに通常食を投与した群との比較では、有意に増加していた。さらに、DHA-クルクミン含有食群では、神経突起の成長に必要なsyntaxin-3が有意に高値であり、過酸化脂質分解物で、酸化ストレスのマーカーである4-HNEが減少した。

以上のデータから、DHA+クルクミンによる神経保護作用が示唆されています。